システム導入で終わらせない「病院DX」成功への組織変革とコスト構造改革
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業種
病院・診療所・歯科
- 種別 レポート
「DXという言葉だけが先行し、何から手をつければよいかわからない」「多額の費用を投じてシステムを入れたのに、現場の残業は減るどころか増えている」現在、医療現場の最前線で組織の舵取りを担う多くの方々が、このような壁に直面しています。しかし、病院DXは単なるIT化の流行ではありません。2040年に向けた現役世代の急減、そして最低賃金の大幅な引き上げという「病院経営の存続」をかけた、避けては通れない戦略的課題です。
本レポートでは、日本経営グループが全国の病院支援実績から導き出した、失敗しない病院DXのロードマップを詳説します。単なるツールの入れ替えで終わらせず、いかにして「組織変革(CX)※」と「コスト構造の最適化」を実現し、次世代に生き残る病院へと進化させるべきか。その具体的な第一歩を解き明かします。※CX:コーポレート・トランスフォーメーション
なぜ、今「病院DX」が不可避なのか
多くの病院経営者が、システム導入に対して「多額の投資に見合う効果があるのか」と慎重になるのは当然のことです。しかし、私たちが直面している社会環境の変化は、もはや「待ったなし」の状況にあります。
なぜ、今このタイミングで「DX」という抜本的な変革が必要なのでしょうか。その理由は、単なる業務のデジタル化にとどまらず、病院経営の根幹を揺るがす「3つの臨界点」が目前に迫っているからです。
1.2025年問題から2040年問題への局面変化
第一の理由は、労働力の決定的な不足です。これまでは高齢者の急増に対応する「2025年問題」が主眼でしたが、今後は現役世代が激減する「2040年問題」が本質的な脅威となります。2020年からの15年間で国内の生産年齢人口は約1,100万人も減少すると推計されており、従来のような「人の手」に頼った労働集約型のモデルは、物理的に維持することが難しくなるのです。
2.看護配置充足率の低下と「病院崩壊」のリミット
第二に、スタッフの確保が困難になることで、病床運営そのものが立ち行かなくなるリスクです。私たちの試算では、2030年代には看護配置充足率が100%を切り、たとえ患者ニーズがあっても、法定基準を満たせないために病床を稼働させられない「病院崩壊」が現実味を帯びてきます。このデッドラインまでに、少ない人員で質の高い医療を提供できる「DX化された組織」へ転換しておく必要があります。
3.最低賃金1,500円時代の到来
そして第三に、急激な人件費の上昇です。政府が掲げる「最低賃金1,500円」の目標達成には、今後数年にわたり、毎年大幅な賃上げを継続しなければなりません。フルタイム職員の月額給与が底上げされる中で、現状の収益構造のままでは、賃上げ原資を確保できず職員の流出を招くか、あるいは経営が破綻するかの二択を迫られます。DXによって無駄なコストを削ぎ落とし、高付加価値な業務へ人員をシフトする「コスト構造改革」は、もはや選択肢ではなく生存戦略なのです。
実例から紐解く、病院DXを阻む「失敗の本質」
システムを導入したのになぜ成果が出ないのか。現場には、多くの病院に共通する「構造的なボトルネック」が存在します。最新のシステムを導入すれば自動的に経営が好転するという期待とは裏腹に、なぜ多くのプロジェクトが空転してしまうのでしょうか。
事例1:総勢12名のプロジェクトが「不満を言い合う場」に
中期経営計画でDXを重点施策に掲げ、各職種から優秀な代表者12名を選出したある病院の事例です。当初は熱心に情報を持ち寄ったものの、全員の合意が得られず検討がたびたび頓挫しました。そのうち会議は「自分の部署の負担が増えないか」という利害調整や、日常業務の不満を言い合う場へと化し、繁忙を理由に欠席者が続出。誰も納得できる答えを出せないまま、士気だけが停滞してしまいました。
- 失敗の本質:DXという期限とゴールがある「プロジェクト」を、役割が曖昧な恒久的な「委員会」と同じ仕組みで運営してしまったことです。
- 教訓:予算と範囲を決定できる経営層、業務を自ら変革する現場責任者、安全に実装するシステム責任者の3名に権限を絞った「コアチーム」による迅速な意思決定が必要です。
事例2:既存システムを無視した「新規投資への逃避」
人手不足で業務が綱渡り状態の中、藁にもすがる思いで「話題のDX」導入を検討した病院の事例です。情報収集を始めると販売業者からは数千万単位の高額システムばかり提案されましたが、経営的な余裕がなく、導入には踏み切れませんでした。経営的な余裕がなく踏み切れません。
- 失敗の本質:「システムを何個入れたか」が成果だと勘違いし、既存システムの活用度が不明なまま新規投資に逃げていた点です。実態調査では、現場に確認すると、導入済みシステムの機能を十分に使いこなせていないケースが多く見られます。
- 教訓:予算と範囲を決定できる経営層、業務を自ら変革する現場責任者、安全に実装するシステム責任者の3名に権限を絞った「コアチーム」による迅速な意思決定が必要です。
事例3:他院の真似で「導入費が2倍」になり残業増
評判の良い看護シフト作成システムを「他院で成果が出ているから」と導入した病院の事例です。現行の特殊な運用に合わせようとして高額なカスタマイズが発生し、導入費は当初の2倍に。結局、使い勝手が悪く、師長の残業時間は減るどころか操作に追われて増えてしまいました。
- 失敗の本質:「残業を減らした時間で何をするか」という経営戦略が曖昧なまま、システム導入自体が目的化してしまったことです。
- 教訓:他院の事例を真似する前に、目指すべきKPI(例:手術室稼働率20%向上)を定義し、経営層と合意してから最適な手段を選定すべきです。
日本経営が定義する「病院DX」の成功ロードマップ
病院DXの成功とは、単にITに強くなることではありません。私たちは「デジタル(D)×組織変革(CX)=成果(DX)」と定義しています。デジタルはあくまで「手段」であり、目的は「組織のあり方を変えて労働生産性を上げること」です。
事務部門における「収益創出」への変革事例
業務分析を行うと、多くの職員が日常業務の約20%を「定型反復業務」に費やしていることがわかります。この20%をデジタル化(RPAによるデータ転送など)で徹底的に効率化し、そこで生まれた「リソース」を再配置することこそがDXの醍醐味です。
- 投資対効果のイメージ:年収300万円の事務職員が20名いる病院を想定します。各自の業務の20%をデジタル化で削減できれば、計算上「4名分」のリソースが生まれます。
- 人件費の転換:この4名分(1,200万円)をデジタル投資に充てるだけでなく、教育研修を経て「地域連携」「検診営業」といった直接収益を生む部門へ配置転換します。
これにより、間接部門(コストセンター)だった事務部門が、売上を創出する直接部門へと変革されます。利益率を改善し、生み出されたリソースで新事業を立ち上げる。これが病院経営におけるビジネスモデルの変革です。
病院DXを成功させる「3つのステップ」
病院DXは、単にITツールを導入すればよいというものではありません。総務省の「令和3年版情報通信白書」でも示されている通り、以下の3つの段階を順に進めることが、最終的な「組織変革」を実現するための唯一のルートです。
ステップ1:デジタイゼーション(情報の電子化)
【定義】アナログな情報をデジタルデータに置き換える「電子化」の段階。
- 具体的な内容:電子カルテ、人事給与システム、総務経理システムなどの導入がこれに該当します。多くの病院では既に導入が進んでいますが、重要なのは「単に紙を画面に変えただけ」にとどまっていないかという点です。
- このステップの目的 :「データがデジタルで取り出せる状態」をつくることです。後のステップで活用するための「材料」を揃えるフェーズといえます。
- よくある課題:システムを導入したものの、一部で紙の運用が残っていたり、データの入力形式がバラバラだったりすると、次の「連携」のステップで大きな足かせとなります。
ステップ2:デジタライゼーション(プロセスのデジタル化)
【定義】個別のシステムを連携させ、業務プロセスそのものをデジタルで最適化する段階。病院DXにおいて最もボトルネックになりやすい重要フェーズです。
- 具体的な内容:導入した各システムを「標準化」し、互いにデータが流れるようにします。また、人間が手作業で行っていた「転記」や「確認」をRPA(ロボットによる自動化)などで代替します。
- 実例(バックオフィスのムダ解消):
- 給与計算:諸手当を毎月手入力するのではなく、マスタ整備により勤怠データから自動反映させる。
- 職員情報の二重入力:電子カルテ、勤怠、人事など複数のシステムへ同じ情報を手入力する手間を、API連携等で自動取り込みに変更する。
- 退職金・休暇管理:複数のExcelを目視で確認するのではなく、勤怠システム内で育休・病欠期間を一元管理する。
- このステップの目的:人間がやらなくてよい「定型反復業務」を徹底的に排除し、余剰リソース(人員・時間)を生み出すことです。
ステップ3:DX(組織変革とコスト構造変革)
【定義】デジタルを手段として、病院組織のあり方やビジネスモデルそのものを変革する段階。
- 具体的な内容(CX:コーポレート・トランスフォーメーション):ステップ2で生み出した余剰人員を、より付加価値の高い部門へ「再配置」します。
- 例:定型業務から解放された事務スタッフを、教育研修を経て「地域連携」「検診営業」といった収益創出部門へシフトさせる。
- 経営的インパクト:単なるコスト削減(守りのDX)ではなく、生み出したリソースで新たな収益を創出する「攻めのDX」へと転換します。これにより、人件費率を適正化しながら事業規模を拡大させ、利益率の高い経営体質へと進化させます。
- このステップの目的:「人にしかできない業務」にリソースを集中させ、職員の働きがい(EX)向上と、病院経営の持続可能性(サステナビリティ)を同時に実現することです。
結論:病院DX成功の鍵は「システム選定前」の現状把握にあり
病院DXの成功は、システム選定の前に決まっています。成功への最初の一歩は、「自院が今、3つのステップのどこにいるのか」を正確に知ることです。
他院の事例をそのまま持ち込むのではなく、まずは「現状の課題を定量的に棚卸しし、自院の立ち位置を確認すること」から始めてください。特に病院のボトルネックとなりやすいのは、「デジタライゼーション(システム連携と活用)」です。ここをやりきらなければ、真のDX(組織変革)へはたどり着けません。単にシステムを導入して終わりにするのではなく、現場で「使いこなせる状態」になっているか、ぜひ院内で検討を進めてみてください。
日本経営グループは、全国の病院支援実績に基づき、単なるデジタル化で終わらせない、組織変革のための現状分析から、実効性のあるDXロードマップ策定、そして現場に定着するまでの伴走支援を提供しています。
「うちの病院も、今のままでは立ち行かなくなる」そう感じている経営層、管理職の皆様。まずは、専門家による現状の棚卸しから、未来への一歩を踏み出してみませんか?
下記の専門サイトでは、病院DXに関するコラムや支援事例を多数掲載しています。
本稿の監修者
奥野 香澄(おくの かすみ)
株式会社日本経営 組織人事コンサルティング部
民間病院グループの基幹病院にて臨床検査技師として勤務後、システム会社にて上場企業・金融機関のRPA導入などに携わりました。株式会社日本経営に入社後は、病院・介護施設向けRPA導入支援・開発支援、医療情報システム導入支援、業務改善支援に従事しています。
宮原 一歌(みやはら もとか)
株式会社日本経営 組織人事コンサルティング部
株式会社日本経営の組織人事コンサルティング部の所属し、病院DX・人事制度を専門としています。
本稿は掲載時点の情報に基づき、一般的なコメントを述べたものです。実際の経営の判断は個別具体的に検討する必要がありますので、専門家にご相談の上ご判断ください。本稿をもとに意思決定され、直接又は間接に損害を蒙られたとしても、一切の責任は負いかねます。


